『最後の晩餐』【ショートショート(2000文字)】

小説

『つまりパンを食べるか、ご飯を食べるか、この2択でその後の世界の在り方が変わると言うことですか?』

会社の昼休みにスーパーで買った見切り品のパンを、ビルの壁にもたれ食べながら尋ねる。

突然、私の意識の外から現れた浮遊感のある男は、やはり突然、私に話始めたので正直かなり狼狽えた。

しかしなぜだか分からないが、その内容は嘘ではないことは直感で分かった。

しわひとつ入っていない黒いスーツに、二枚下駄を履いた、ボサボサ頭のその男にそのように尋ねた。

『そうだね。

もうパンとご飯くらいしか選択肢はないだろう。』

その男は続ける。

『冷蔵庫にその2つともがなければ、それはそういうことだろう?』

と、その男は答える。

私は尋ねる。

『疑問なのですが、その並行世界という概念は、一般的に認められているものなのでしょうか?』

『ああ。そこは信用してもらって構わないよ。』

その男は続ける。

『君は選ばれたんだよ。』

その男は私の右手にある、かじりかけのパンを物欲しげに見つめながらそう言った。

『食べかけでよければ要りますか?』

あまりにも欲しそうなので、そのパンを男の方へ差し出す。

私はそのパンの素朴な味が気に入っていた。

『良いのかい?

ありがとう。私の大好物だよ。』

男はそのパンをじっくり、味わいながら食べた。

こうしてみると、そのパンがとても高級なものに見えてきた。

『君は並行世界を自由に移動することができる。ただし移動する前の世界にはどんなに頑張っても戻れない。早い話がそういうことだよ。』

男は最後にそれだけを言い残し、ビルとビルの間の暗闇の中へ消えていく。

背中側から微かに見えるシルエットは、男のボサボサの髪が2本のツノのように見える。

なるほど。

多分、あいつは悪魔だ。

これも直感的に確信した。

私の中のそれまでの悪魔の姿は、もっとこう虫歯のときのバイ菌的な、三叉の槍みたいなものを持っていて、分かりやすく悪魔的な悪魔の姿をしていた。

しかし、現実に起こる大抵の出来事が意外とそうでもないように、今回もその限りだった。

どうやら私は悪魔に見初められたようだった。

それから半年ほどが過ぎた。

悪魔に教えてもらったように、強く瞬きを5回すると、昼寝から目覚めたときのような感覚と共に、少しだけこれまでと違う世界が広がっていた。

何か都合の悪いことがあっても、瞬き5回で解決。

なんて使い勝手がいいことだろうか。

こうして、私はすぐに金持ちになった。

金に群がる人間に金をばら撒き、その見返りに自分にとって、この世界が都合の良いものになるように作り変えていった。

こうして雪だるま方式に、私はさらに大金持ちになり、いよいよ世界一の大富豪になった。

たまに思い通りにいかない時もあった。

自分に都合の悪いことが起きると、5回瞬きをする。

こうして並行世界を移動する時に、その先の望んだ世界をイメージしなければならないのだが、そのイメージが出来ないときが段々と増えていった。

大金持ちになり、私の人生の規模感はこれまでの比ではなくなっていたからだろう。

今までの人生の経験値から、どうするのが良いのかの判断がつかない時が、次第に増えていったからだと思っていた。

ともあれ、今となっては大概のことは金で、なんとかすることができる。

半年前では想像できないほどに、それまでに望んだものを手に入れた。

ある日、3つ星の高級レストランでディナーをしていところ、私の隣に悪魔が現れた。

あまりにも自然に現れた。

まるで出会ったあの日から、ずっと隣にいたようだった。

あるいは本当にそうかもしれない。

悪魔は右手に、あの時と同じ見切り品のパンを持ち、やはりじっくりと味わいながら、反対側の手で私の肩を組んでくる。

『そういえば言い忘れていたんだが。』

悪魔がなんてことないように話し始めた。

『俺は並行世界で移動する前の世界の君の寿命を食べることで生きているんだ。』

『並行世界を移動するということは、君が元々いた世界の選択肢を僕に捧げる、ということなんだよ。』

なにをいっているかよく分からない。

相変わらず訳が分からないことを言う奴だと思いながら食事を続ける。

悪魔は話し続けた。

『並行世界は無限のようで無限ではない。

無数に存在してはいるが、それは確かに有限なものなんだよ。』

やはり何が言いたいのか、よく分からなかった。

そんなことよりも、そのパンの何をそんなに気に入ったのだろうか。

何だか可哀想になった私は、テーブルにある豪華絢爛な様々な皿の中から、唯一まだ手をつけていなかったリゾットを指差して悪魔に尋ねる。

『よかったら一口食べるかい?』

悪魔は笑った。

『良いのかい?

ありがとう。私の大好物だよ。』

その左手がテーブルに伸びていく。

〜終わり〜

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