こんにちは。
今回はオリジナルの短編のショートショートを書きました!
楽しんでいってくださいね♪

『異質』【ショートショート】
『続いて精神系の疾患についてですね。残念ですが、お腹の中の子は将来的にADHDの症状が強くなる傾向があります。具体的にいうと、20歳頃までは活発な子として友達に恵まれますが〜、』
妊娠8週目から受けることのできる最新の出生前診断では、羊水を元に検査を行い、ここから得られる遺伝子情報を元に、これから起こりうる疾患を100%完璧に言い当てることができる。
かれこれ、医師による診断結果を聞き始めてから2時間が経とうとしているが、こうして聞いてみると、占いや天気予報みたいで面白い。
妊娠がわかってから、物理的に少しづつ重たくなっていた自身の体と反比例して、心の中は軽くなっていく。
これから起こる、この子の未来について、全てを丁寧に、親切に、寸分の狂いもなく教えてくれることは私にとって、救いのように感じた。
医師は話を続ける。
『ちょうどそうですね、働き始めた頃、25歳くらいから仕事での失敗から、その傾向が助長され、お子様は人間関係でかなり苦労されます。』
そのように語る彼が着ている、透明感ある高分子素材で作られた白衣は、滑らかな流線形と幾何学的なディテールが融合し、ホログラフィックなネオンブルーのアクセントが未来感を強調する。医療現場での次世代技術と人間性の境界を曖昧にするこのデザインは、シンプルであり、これ以上ない洗練されたデザインを体現する。
『分かりました。じゃあ、そちらについても遺伝子操作でADHD遺伝子の切除をお願いします。』
私にとってかけがえの無い大切な我が子には、人生で少しでも苦労をさせたく無いので、最近ではすっかり一般化された遺伝子操作治療を希望した。
『分かりました。では、こちらもがん遺伝子と糖尿病遺伝子に続いて切除しておきますね。』
そう言いながら、医師は左手に持っていたタプレット端末の中に表示されているチェック欄を軽くタップした。
大学時代からの知り合いだった今の旦那とは、大学を卒業してしばらくしてから、研究室の同窓会で再開した。
人見知りだった私は、いつも輪の中心にいるような旦那と在学中に話すことは一度も無かった。
しかし、開始時間を2時間間違え、手持ち無沙汰の状態で同窓会の会場付近のコーヒー屋で、隣の席に偶然座っていた旦那とは驚くほどに会話が弾んだ。
その後の同窓会のことなんて、正直あまり覚えていないが、それからちょうど1年後に結婚した。それから少しして妊娠が発覚した。
『じゃあ続きなんですけれども、お子さんは先天性の”優しい病”を患います。具体的にはこの数値を見てほしいのですが、』
医師は左手のタブレットを操作して、こちら側にそれを向ける。
タブレットには、”性格正常値”と書かれたリスト状の表が写されており、正常値と今回の検査値の値がセットになるようにずらりと並べられていた。
『ここなんですけどね、”優しい”の行を見てもらうと分かるのですが、正常値が2.0〜5.0なのに対して、6.8となっていてかなり深刻な状態です。もちろん多様性の時代なので、お母様の意思を尊重したいと思いますが、これを放置しておくと、お子様は優しすぎて多くの局面で損をされます。私としては遺伝子操作による切除と、この部分を”コミュニケーション能力”の遺伝子情報で補完することをお勧めします。』
医師は百戦錬磨なので、的確な治療のアドバイスをしてくれる。
『なるほど。それは大変ですね。ぜひ、その治療を受けたいです!一つ質問なのですが、この”コミュニケーション能力”という遺伝子はどのようなものなのでしょうか?』
私は予約が3ヶ月待ちで、高い診察料を求められるこの医師にかかって、やっぱり本当に良かったと、ほっと胸を撫で下ろす。
『この遺伝子は人間が生きて行く上で最も重要と言っても良い遺伝子です。具体的には、多くの人と広く浅く仲良くすることができるようになる遺伝子です。大きな声で挨拶をしたり、会議などで話の要点を掴み、つまりこういうことですか?と、それとなく早い速度で提供できたりする能力です。』
『なるほど。それは必要な能力ですね。偉くなるためには不可欠な能力ですね。』
『そうですね。特に最近は、AIが発達していますから、こう言った人間的な人間固有の能力は必ず遺伝情報に載せておくことをお勧めします。ただ、多様性の時代なのでお母様の意思をもちろん尊重します。』
医師はこれこそが、”親しみのある笑顔”と定義したくなるような笑顔を私に向ける。
私は個人の意思を尊重する、こんな素敵な時代に生まれられて、本当に幸せだった。同時に、一昔前だと、他人に何もかも口出しされる世の中であり、到底、私は生きてはいけなかっただろうなと思った。
『この遺伝子操作技術も、元々はAIの発達による、人間よりも上位の存在に、なんとなく私たち人類がなんとなく脅かされるんじゃないか。という恐怖に対抗するために人類が発明した技術で、どんな人間も多様性を認められるべきだ、という熱い思いの中で生まれた技術なんです。今から50年くらい前に、感情抑制遺伝子操作といって、悲しい感情を抑制する遺伝子操作しかできなかったのですが、最近は革新的に技術が進みまして、もっと細かく操作できるようになりました。だから、お母様も積極的にこの技術を使って良いんですよ。』
私は、お腹の中のこの子がこれから辿る幸せな未来を、頭の中にはっきりとイメージして、頬が緩むのを感じた。
ーその日のことが、つい昨日のことのように思い出される。
あれから30年が経ち、披露宴の新婦側の上座に座る私は、愛する娘の晴れ舞台を眺める。
娘は整った顔立ちに整ったドレスを着て、整った所作で、整った優しい笑顔を、整った服装の、整った笑顔の新郎となる旦那に向ける。
私はそれを見て、まるで夢の中で、絵画でも眺めているような美しい気持ちになった。
かつては、出生前診断や遺伝子操作について、道徳的に良くないという意見があったらしい。
私は幸せそうな娘を見ながら、道徳ってなんなんだろうかと思う。
道徳なんてものを正確に理解している人は、世の中に何人いるのだろうか?
でもきっと、その人たちの認識は完全に一致するのだろうと思う。
私は新郎の大学時代の友人が10人、ぞろぞろと披露宴の会場のステージに上がって、何やら、どやどやと余興を行なっているのを見る。
こうして遠くから見ると、とても均整の取れた顔立ちの彼らは、新郎とよく似た顔をしていて、サル山のサルみたいでとても素敵だ。
ーー私は目を覚ました。病室の天井は真っ白でとても綺麗だった。随分と長く眠っていた気がする。
何日くらいが経ったのか。
私は記憶を反芻する。
そうか。点滴を打っている間に眠ってしまったんだ。
ただの風邪なのに、娘が病院へ行けとうるさいので、イヤイヤ来たはいいが、点滴までするほどではないだろうと思う。
そこへ看護師が入って来て、私へ告げる。
『残念ですが、娘さんは風邪で死にました。』
突然すぎて、この看護師はなんなのか不快に思う。
『は?風邪で死んだ?』
『はい。遺伝子操作で理想的なデザインの人間を作れるようになった結果、多くの人が希望する形の人間が単一的に生まれすぎてしまったんです。その結果、従来だと致命的ではなかったような感染症でも、取り返しのつかないような重体になるケースが増えているんです。』
あまりにも淡々と話す看護師を見つめる。
『え、でも風邪ですよね?風邪で死ぬとかありえなくないですか?』
私は頭の整理がつかない。
『残念ですが。』
看護師はもう終わったことだからとでも言うように答える。
私は何も感じなかった。
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