ショートショート『価値』

ショートショート
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こんにちは♪

今回はショートショートを書きました!!

最後まで読んでいただけたら嬉しいです。良かったらSNSに感想載せてくださいね♪

それではどうぞ!!

『価値』

目の前に立った小柄な老婦人に席を譲ると、彼女は申し訳なさそうに、けれど嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとうねえ」

その瞬間、視界の隅に『+3 トラスト』という緑色の数字が浮かび、耳の奥でささやかな、けれど高く澄み切った「カチッ」という音が心地よく響いた。

駅を降りて、たった今稼いだばかりのトラストでコーヒーを一杯買う。温かいカップを片手に、私は出向先である本社の大会議室へと向かった。

ずらりと並んだ長机の1番手前側の席に座り、まだ誰も来ていないがらんとした大きな部屋で、パソコンの電源を入れ、まだ熱いコーヒーを一口すする。

「——ゆえに、多様性を内包した持続可能なシナジーこそが、我々のコアバリューなのです」

総合食品グループを束ねる大会議室。佐久間部長が力強く締めくくると拍手が湧き起こった。

普段は子会社が運営するレストランの予約デスクにいる私が、なぜか今日はヘルプとしてこの本社に駆り出されていた。日々、電話口で顧客の要望を瞬時にタイピングしている手際の良さを買われ、議事録係にはうってつけだと判断されたらしい。

私は手元のパソコンを叩きながら、ふと「コアバリュー」ってどんな漢字だっただろうか、と変換キーを探しかけた。

視界の隅で、部長の頭上に『+45,000 トラスト』という桁違いの緑色の数字が浮かび上がる。

佐久間部長は相変わらず厳格だがその口元はわずかに笑みが漏れ出たように感じた。

同時に私の鼓膜を打ったのは、巨大な歯車が無理やり回されたような、「ガチッ」という鈍い音だった。

佐久間部長は席に戻り、長いプレゼンの間にすっかりぬるくなったホットコーヒーを一気に飲み干した。

その日の帰り道。佐久間は稼いだばかりのトラストを使い、有名店で妻と息子に良い焼き菓子を買って帰った。

だが、自宅のリビングの扉を開けた途端、そのささやかな上機嫌は吹き飛んだ。

高校生の息子、ユウキが空間モニターに顔を近づけ、血走った目で虚空をスワイプし続けていたからだ。

佐久間は何とも言えない苛立ち紛れに、買ってきたばかりの菓子の箱を開け、一つかじった。

サクリとした食感の後に、上質な甘さが広がる。……美味い。ほんの少しだけ、苛立ちが中和された。

ゆっくりと咀嚼を終えると、佐久間は咳払いをして父親の顔を作る。

「全く、最近の若者は画面の数字ばかり睨みつけおって」

ユウキの肩がわずかに動く。

「うるさいな。今、大事なところなんだよ」

「他人の目を気にして媚びを売るのがお前の人生か。完全に依存症だぞ」

「僕には僕の世界があるんだよ」

ユウキはモニターから目を離さずに言い放った。佐久間は大きくため息をつく。

ユウキは乱暴な足音を立てて自分の部屋へと引き揚げてしまった。

翌朝。

いつものルーティンであるニュース記事をパソコンで流し読みしていると一つの記事が目に止まった。

“昨日、親父に「全く最近の若者は」と説教された。「僕には僕の世界がある」と言い返したけど、ハッとさせられた。僕の言う『自分の世界』って、他人の評価で出来たものだったんじゃないか? 誰にも見られない場所で、自分のためだけに行動する。今日から、本当の意味での自分の内面と向き合ってみる”

「いいね」「泣けた」のスタンプと共に、秒単位で数百万、数千万というトラストが雪崩れ込んでいた。

画面の向こう側。当の本人であるユウキの端末では、AIが無機質な通知を弾き出していた。

『指定の口座へ全額自動積立を完了しました』

『オンラインサロン、プラチナプラン更新を完了しました』

ユウキは淀みない動作でその通知画面をスクリーンショットし、すぐさまSNSへ投下した。

“自己投資の記録。本当の自分を見つけるための第一歩”

その「行動力」を称賛するコメントが再び爆発的に群がり、さらなるトラストが口座へ、ガチガチと低く濁った不快な音を立てて降り積もっていく。

その夜。

「父さん。この間はごめん」

リビングでくつろぐ佐久間に、ユウキが声をかける。

「父さんの言う通りだったよ。あれから色々考えて、少しだけど、わかった気がする。これ、そのお礼。今日は僕に親孝行させてよ」

ユウキが提示した空間モニターには、我が社が誇る最高級レストランの予約完了画面が光っていた。もちろん、彼が今日一日で稼ぎ出した、あの泥のように重い数億のトラストで支払われるものだ。

佐久間は目頭を熱くした。

「やっぱりお前は俺の子だな。」

同じ頃。

その高級レストランの予約デスクで、私は一件の電話対応を終えようとしていた。

『あー、そういうわけで今日これから2名。一番高いコースでよろしく。トラストならいくらでもあるから』

横柄な少年の声に対し、私は一切の感情を交えず、しかしプロとして誠心誠意、心を込めた対応を貫いた。

「かしこまりました。佐久間様、ご家族でのご来店を心よりお待ち申し上げております」

静かに通話を切る。

直後、私の視界の隅にささやかな通知が浮かび上がった。

『+1 トラスト』

鼓膜を揺らしたのは、高く澄み切った美しい「カチッ」という音だった。

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