リング型の嘘発見器が普及し、世界は徹底的に殺菌された。
裁判から冤罪が消え、街から詐欺師がいなくなり、あらゆる契約は透明化された。
社会は美しく整列し、すべての歯車が摩擦音ひとつ立てずに噛み合っている。
代償として、小説や映画、音楽は「事実と異なる音声データ」として検閲され、姿を消した。
感情を揺さぶる言葉はノイズとして処理される。人々はただ、すでにあるシステムを効率化することだけに時間を使い、平和ボケした頭で、余白のない日常を繰り返している。
想像力という非効率な機能は、もはや退化した器官に等しかった。
私の職場である病院も例外ではない。
診察室から「お大事に」という非科学的な挨拶は消えた。不確定な未来を口にすれば、即座にリングが赤く光り、ペナルティが課されるからだ。
「治癒率は74パーセントです。規定量どおり、本剤を服用してください」
私たちはただ、事実のみを淡々と出力する機械になった。
皮肉なことに、プラセボ効果という非合理な魔法が消えたせいで、統計上の治癒率は以前より少しだけ落ちていた。
火曜日の午後、診察室に一人の末期患者が運ばれてきた。
手元のモニターに表示された生存率は、明確に0パーセントを指している。
背後で、付き添いの親族が小声で呟いた。
「これでやっと遺産が手に入る。早く死んでくれて助かるよ」
彼女の腕のリングは、穏やかな緑色のままだ。それが「事実」である限り、この世界では衛生的なものとして許容される。
「先生……私は、助かるんでしょうか」
患者が、水分を失った枯れ木のような指先で私の白衣を掴んだ。
私の口は反射的に、自律的に動いた。
「大丈夫です。今、私たちの部署で新しいアプローチの薬を開発しています。希望はあります」
私のリングが鳴った。
耳を劈くような警報音とともに、無機質な診察室が禍々しい赤に染まる。
かつてないほど激しい、最大レベルの違反警告だ。
私は赤く明滅する光の中で、背後に立つ親族のリングを眺めた。
彼女の腕では、今も静かで知性的な緑色の光が、遺産への欲望を「真実」として祝福し続けている。
鳴り止まないサイレンが、喉の奥にこびりつくような鉄の味を運んできた。
そうか、この機械は正常だ。故障などしていない。
人を絶望させる言葉であっても、それが事実であるなら、この世界はどこまでも寛容だった。
システムが組織を挙げて殺菌しようとしていた「不純物」の正体を、私は警報音の中で正しく理解した。
致死量のエラー判定を受け、赤い光に塗り潰された私に向かって、患者だけが「ありがとう」と、安堵の涙を浮かべて笑っていた。
その笑顔だけが、この清潔な世界で唯一、ひどく汚れていて、そして美しかった。
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